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調和振動子の断熱不変量

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図1のような振り子があるとする。 この振り子の支点の天井に穴を開けて糸を手繰(たぐ)れるようにする。 振り子の糸には摩擦は働かないものをする。 この振り子の手繰るという行為によって、振り子の運動はどのように変化するのかを見ていこうと思う。

fig3-3-1.png

図1. 壁に開いた穴から糸を手繰られる振り子

まず初めに、この振り子の運動エネルギー\( T \)を求めるとする。 それは簡単に、 \begin{eqnarray} T = \frac{1}{2} m ( \dot{x}^2 + \dot{y}^2 ) \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (1) \end{eqnarray} と求めることができる。ここで、\( m\)は重りの質量、\(x,\ y\)は重りの\(x\)座標と\(y\)座標である。 では、次に位置エネルギー\( U \)を求める。 振り子の振れ角を\( \theta \)とすると、 \begin{eqnarray} U = mg l (1 - \cos\theta)\ \ \ \ \ \ \ \ (2) \end{eqnarray} を得る。ここで、振れ角を小さいとして、\( \cos \theta \simeq 1\)としたいところだが、そうしてしまうと位置エネルギーは0となってしまう。 これは、振れ角は小さくても振り子の運動によって、重りは少し持ち上げられるわけだから位置エネルギーは少なからず持つということと整合的ではない。 つまりこの近似は、物理的整合性がない。 よって、\( \cos \theta \)のテイラー展開を2次の項まで取って、\( \cos \theta \simeq 1 - \frac{1}{2} \theta^2 \)とする。 すると、式2は以下のように書き換えられる。 \begin{eqnarray} U = \frac{1}{2}mg l \theta^2 = \frac{1}{2}m(x^2 + y^2) \omega^2 \theta^2\ \ \ \ \ \ \ (3) \end{eqnarray} となる。 ここで、\( \omega \)は振り子の角振動数で、 \begin{eqnarray} \omega = \sqrt{ \frac{g}{l} }\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (4) \end{eqnarray} 詳しい導出方法は、調和振動のページを見て欲しい。 (調和振動のページでは\(\omega_0\)として導出している)。 以上より、この振り子(調和振動子)の力学的エネルギー\( E \)は、 \begin{eqnarray} E = T+U = \frac{1}{2} m ( \dot{x}^2 + \dot{y}^2 ) + \frac{1}{2}m(x^2 + y^2) \omega^2 \theta^2\ \ \ \ \ \ (5) \end{eqnarray} となる。

 

ではここで、断熱不変量という物理量を計算する。 振り子のように周期的運動をしている系に外部から力を加えた場合、 \begin{eqnarray} \oint p\ dq \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (6) \end{eqnarray} は一定になる。これが断熱不変量である。 ここで、\( p\)は一般化された運動量、\( q\)は一般化された座標系である。 とりあえず一般化されたとか断熱とかいきなり想像しにくいことが並ぶので、ここでは断熱不変量について簡単に説明したいと思う。 (非常に簡単に示すので、すべての場合に当てはまるわけではないことに注意して欲しい)
 まず、断熱不変量を求める際の、最も基本的な仮定は「周期的運動の周期に対して充分ゆっくりとした変化をその系に与える。」である。 この糸を手繰られる振り子を例にすると、目に見えて重りが上に上がっていってはいけないのである。 これはかなり主観的であるが、振り子の場合、最高点で重りから手を離すと振り子は周期的運動を始める。 すると外部から何も力を加えられなければ全く同じ点に戻ってくる。 しかし、もし糸を手繰られると厳密には同じ点には戻ってこない。 もし、「周期に対して充分ゆっくり」な糸の手繰り方であれば、ほとんど同じ点に戻ってきたと仮定することができるのである。 式(6)の\( \oint \)は1周期分の周回積分(円積分)を示し、これは閉じた経路でないといけない。 しかし、外部から力を加えられると同じ場所には戻ってこないが、非常にゆっくりとした変化であれば、閉じた経路と近似できるのである。 断熱不変量の意味としては、おおよそこのことが理解できていれば良いと思う。
 では実際に、今考えている振り子に対して断熱不変量を計算し、どのようなパラメーターが一定に保たれるのかを考える。 一般化された座標系とは難しく考える必要はなく、この場合は直交座標系の\( x\)方向の成分を考えて計算する。 まず、振り子のような周期的運動の場合、\(x\)座標は、 \begin{eqnarray} x = A \cos (\omega t + \alpha)\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (7) \end{eqnarray} で変化するとする。 すると、\(x\)方向の速度は、 \begin{eqnarray} \frac{dx}{dt} = \dot{x} = A \omega \sin (\omega t + \alpha)\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (8) \end{eqnarray} である。よって、\(x\)方向の運動量\( p_x \)は、 \begin{eqnarray} p_x = m A \omega \sin (\omega t + \alpha)\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (9) \end{eqnarray} となる。この運動量を式(6)に代入する。周回積分は1周期にわたる経路で実行すればいいので、 \begin{eqnarray} \oint p_x dx = \int_{0}^{2\pi/\omega} m A \omega \sin (\omega t + \alpha)\ dx\ \ \ \ \ \ \ (10) \end{eqnarray} を得る。式(8)を使って、\(dt\)を\(dx\)に変換することで積分を実行することができて、 \begin{eqnarray} \oint p_x dx &=& \int_{0}^{2\pi/\omega} m A^2 \omega^2 \cos^2 (\omega t + \alpha)\ dt \\ &=& m\omega \pi A^2\ \ \ \ \ \ \ (11) \end{eqnarray} となる。この\( m\omega \pi A^2 \)が断熱不変量となり常に一定な値を取るのだが、これは一体なにを示すのであろうか? もっとわかりやすい形に変換してみる。 力学的エネルギーの式(5)から\(x\)成分だけを抜き出して、式(7), (9)を代入すると、 \begin{eqnarray} E = \frac{p_x}{2m} + \frac{1}{2} m \omega^2 x^2 = \frac{1}{2} m A^2 \omega^2 \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (12) \end{eqnarray} を得る。この式と断熱不変量を比べることを以下を導くことができる。 \begin{eqnarray} \oint p_x dx = 2\pi \frac{E}{\omega}\ \ \ \ \ \ \ (13) \end{eqnarray} \(2\pi\)は定数であるので、この場合、\( E/ \omega\)が一定に保たれるのである。 これならわかりやすい式である。 どういうことかと言うと、糸を手繰られると、位置エネルギーが増加する。 しかし、\( E/ \omega\)を一定に保たなければならないので、\( \omega\)も同時に増加のである。 これは、振り子の周期が早くなることを意味している。 つまり、糸を手繰ると振り子の周期が増加し、激しく振動するのである。 逆に、糸の長さを戻してやると振り子はだんだんとゆっくりと振動するようになるのである。 これに似た例として、うどんをすする場合が想像しやすいと思う。 うどんは厳密には振り子ではないのだけど、うどんの麺をすすると口元でうどんが激しく振動して、周りに汁を撒き散らす。 これは紛れもなく断熱不変量で物理的に説明できるのである。(うどんをうどんが揺れる周期に対してゆっくりとすすった場合)
 ちなみに断熱不変量は解析力学等ではむしろ、作用量変数とか、作用変数と呼ばれる。 これらは呼び名が違うだけで、意味は同じである。 また、断熱不変量はどの座標系で計算したとしても、その次元は(エネルギー)×(時間)となる。

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